えひめのバリアフリー情報 おでかけイーヨ

特集

【BFI】②:えひめだんだんパートナーズ代表岩崎陽さん その②

えひめだんだんパートナーズの代表である岩崎陽(あきら)さんへのバリアフリーインタビュー後編です。現在岩崎さんは盲導犬のヴァンくんと共に生活されています。

前回は「だんだんパートナーズ」編としてお届けしましたが、今回は視覚に障がい持つようになってからのことやヴァンくんとの生活の一端を「バリアアリーとバリアアリーの狭間」編としてお届けします。

インタビューをお届けする前にひとつイメージしてみてください。みなさんこれまでに目を閉じて歩こうとしたり、真っ暗闇の中を歩いたりした経験があると思います。その時のことを思い出してみてください。まっすぐに歩けているのか、周りに何があるのか手探りしながら歩いて、不安だったり、怖かったりではなかったでしょうか。

人間は自分の周りの世界を、見る、聞く、匂いを嗅ぐ、触れる、(舌で)味わうという五つの感覚(五感)を使用して捉えているのですが、その8割以上は見ること、つまり視覚から得ているそうです。詳しくは、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚は1%といわれています。(一説には視覚87.0%とも)。

つまり目が見えなくなるとは外界の情報獲得機能の8割以上が失われてしまうということであり、残りの10~20%パーセントに頼るしかないということになってしまいます。もちろん目が見えなくなるとその他の器官がそれを補おうとしますが、どれだけ補えるかというと??? ましてやずっと見えていたのに病気や事故等で見えなくなると…。そのことを踏まえてインタビューを読んでもらえるとより想像できるのではないかと思います。

ひめだんだんパートナーズの代表である岩崎陽(あきら)さんへのバリアフリーインタビュー後編です。現在岩崎さんは盲導犬のヴァンくんと共に生活されています。

前回は「だんだんパートナーズ」編としてお届けしましたが、今回は視覚に障がい持つようになってからのことやヴァンくんとの生活の一端を「バリアアリーとバリアアリーの狭間」編としてお届けします。

インタビューをお届けする前にひとつイメージしてみてください。みなさんこれまでに目を閉じて歩こうとしたり、真っ暗闇の中を歩いたりした経験があると思います。その時のことを思い出してみてください。まっすぐに歩けているのか、周りに何があるのか手探りしながら歩いて、不安だったり、怖かったりではなかったでしょうか。

人間は自分の周りの世界を、見る、聞く、匂いを嗅ぐ、触れる、(舌で)味わうという五つの感覚(五感)を使用して捉えているのですが、その8割以上は見ること、つまり視覚から得ているそうです。詳しくは、視覚83%、聴覚11%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚は1%といわれています。(一説には視覚87.0%とも)。

つまり目が見えなくなるとは外界の情報獲得機能の8割以上が失われてしまうということであり、残りの10~20%パーセントに頼るしかないということになってしまいます。もちろん目が見えなくなるとその他の器官がそれを補おうとしますが、どれだけ補えるかというと??? ましてやずっと見えていたのに病気や事故等で見えなくなると…。そのことを踏まえてインタビューを読んでもらえるとより想像できるのではないかと思います。

車いすの人にとっては段差の解消、車いすが入れるトイレなどバリアフリーは分かりやすいことも多いですが、岩崎さん(視覚障がい者)にとってのバリアフリーとは何になるのでしょうか?

僕の場合は盲導犬がいるので、第一条件としてヴァンくんが入れる店がバリアフリーとなります。断られない店がバリアフリーであり、関門です。

法律上は(入店を)断ってはいけないのですが、お店の人によっては犬の好き嫌いもあります。都会ではほとんど盲導犬も入店可となっているようですが、愛媛ではまだ断られるところも多いのが現状です。だからそれを開拓しておかないと今後これから盲導犬を求める人が入れなかったり、嫌な思いをしたりするので現在いろいろなお店と交渉中です。だから盲導犬が入れるところがバリアフリーです。

あと僕の場合、女子トイレに入ってしまうことがあります。伴君との行動なのでどちらが男子トイレか分からない。これまで何回か入ってしまったことがあります。入って女の人の声が聞こえると「あれっ!」と思って…。男女の区別となる目印があるとよいのですが…。あるいはちょっと周りが声を掛けてくれると助かります。

バリアフリーにもハード面とソフト面がありますよね。

ガイドヘルプなど同行者がいる人は他の店とかも行きやすいのでしょうが、僕は同行を伴わないことも多いです。ヴァン君はお店までは行ってくれますが(※1)、ヨーグルトがどこにあるかは分かりません。どこに何があるかまでは分かりません。

例えば「リンゴとヨーグルトが買いたい。」とします。お店によってはじっと待っていたら(店員さんが)来てくれ、案内してくれるところもあります。けれども「視覚障がいの方は同行者と来てください。」と言われることもあります。お客さんが気を使ってくれて「どこそこまで行きますか?」と声を掛けてくれたりもします。

※1)基本的に家からお店までの道のりは岩崎さんの頭の中に地図が描かれており、盲導犬は信号が赤とか、前に障害物があるなど、その途中の状況を教えてくれます。ただしヴァンくんはこの道を行くとどこに行こうとしているのか、それほどパターンがあるわけではないので、この道は病院へ行くコース、この道はスーパーまで行くコースと覚えているそうです。

では一般の人が手助けしようかと思うと、どのような時、どのタイミングで声を掛ければよいのでしょう?

僕はよく言っているのですが、みなさん気にせずいくらでも声を掛けてもらうといいと思います。(視覚障がいの人は)何かで困っていることも多いのも事実です。

僕らは道を迷ったら、迷子になったら、タクシーに乗ろうと電話してもどこにいるのか伝えられません。迷っているからどこか分からないし、看板も読めません。タクシー会社にどう伝えたらいいのかも分からないのです。

だから(もし視覚障がい者が)止まっていたら、(ちょっと道を間違っているのか、迷っているのか、)気兼ねなく声を掛けてくれると助かります。白杖を上に上げていたら(助けてくださいというサイン)というのもありますが、まだまだ(一般の人でそれを)知っている人は少ないです。

スマホは使えませんよね?

最近のスマホにはGPSのような機能がついていたりしますが、視覚障がい者はまだガラケーを使っている人が多いのが現状です。それにスマホの画面を触って、アプリを使ってとなると、(ハードルが高く)使える人はまだ少ないです。

ところで盲導犬を持つきっかけは?

はじめ白杖を使って、壁を叩きながら壁に沿って歩いていたのです。しかし(僕の場合)まっすぐに歩ことができませんでした。それに白杖では行動範囲がどうしても狭くなってしまいます。

家族が車を持っていてどこにでも連れて行ってくれるならいいですが、僕が今後一人で生活するには、ガイドヘルプを何曜日の何時にと依頼し、(ガイドさんが来るのを)待って、さあ〇〇へ行きましょうというのは、その時にしか家を出ることができないのかと思うと…、ちょっと考えてしまいます。自分の体調のいい時に買い物したいし、自分が出たい時に出たい。盲導犬なら行きたい時に行けるのかなと思ったからです。

盲導犬との暮らしを始めて思った以上に大変なことは?

生きものなので、急に便を出すときとかもあります。ヴァンくんは袋を付けたらおしっこをする、便をするという教育を受けてきているので、まずそれで大丈夫なのですが、やっぱり生き物なので、お腹をこわすこともあります。その時掃除をするのは僕らには大変です。

普段は決まった時間に排泄?1日何回とか決めて?

袋を着けるまでじっと我慢します。大体1日の水の量も計算しつつ、暑い時にはこれだけ、その時には水分も余計にやるのでトイレの回数を増やしたりします。

視覚障がい者が盲導犬を持つときに課題となるのは、果たして(目が不自由な中で)犬の面倒を見ることができるのかというところから始まります。それを考えると戸惑ってしまいますし、持ちたいと思っても持てない人も多いのです。現実問題として審査を通らない人も多いようです。精神的な面、金銭的な面などその人は盲導犬をもって大丈夫か?もし(盲導犬を)持つとしてもそのための訓練を受けなければなりません。

岩崎さんはいつから視覚に障害を?

10年ぐらい前に視界が薄くなり、慌てて病院に行き2回手術をしました。けれども回復せずあきらめました。進行性のものでやがて失明するでしょうとのことで、(自営業を営んでいたのですが)慌てて仕事も引き上げないといけないし、子供たちの問題もあったし、今後どうやっていくか考えないといけませんでした。子供たちに家だけは建ててやらなければいけないと思い、目がまだ見えるうちに家を建てました。

病気が進行していく中で、格好つけて自転車を押したりもしたのですが、あちこちで転んだり落っこちたりして…。白杖の持ち方も知らないし、これはもう無理かなと思うようになり引きこもってしまいました。

正直目が見えなくなったことを田舎では今も隠しています。目が悪くなり白杖を持つことになったこともみんなに知られるのは最初恥ずかしかった立場の人間なので。

だから途中から目が見えなくなった人は、目が見えなくなってきたことが恥ずかしいというところがあるかもしれません。バカにしていたわけではないけれど、もしかすると心の中にあったのかもしれません。ああなったら嫌だなとか。

引きこもってしまってから、また外に出るようになるきっかけは?

外に出たら事故る、コケるで怖くなって、もう動けなくなってとうとう家で食べちゃあ寝るだけとなり、それが2年ぐらい続きました。食べて寝るだけの生活となると体重だけは増えていきます。僕は体重が100キロまでいきました。けれども子供らもいるし、子供らにお弁当を買ってくれというのも申し訳ないし、このままではいかん、自立しないと!という思いから踏み出すことにしました。そう思うようになるまで何度も視聴覚センターの人が僕の家にやって来てくれました。

現在はひとり暮らし?家族とは?

視聴覚センターで訓練をしてからはひとり暮らしをしています。子供たちにお父さんの面倒を見なければならないと思われたくないので。

ひきこもり状態から外に出てみて、実際は?

割り切ったのだと思います。恥も吹っ飛び、どうにでもなれと思うようになりました。そして(訓練のために)視聴覚センターに入ったら仲間がいました。目が見えない仲間というか、脳梗塞で途中から目が見えなくなった人とか。そこで仲間内で話し合うようになり、自分だけではないのだなと思えるようになりました。

当事者同士の話し合い、ピアカウンセリングですね。

そう、お互い今後どう生活していくかという現実問題の話し合いですよね。でも、その仲間も途中で自殺したとかショックなこともありました…。

何があればもっとみんなが外に出やすくなるのでしょう?視覚障がい者が外に出やすくなる、一歩を踏み出しやすくなるのでしょう?

現実難しいところがあります。現在4人の視覚障がい者の家にだんだんパートナーズに入らないかと訪問しています。親御さんから(子どもを外に出してほしいとの)相談があり、僕がそのお子さんのところへ行って家から出る説得することから始めています。

けれどもそれをクリアするのがなかなか難しい…。外に出るための勇気を持つのが大変です。正直彼らは同行の人とちょっと買い物に行くぐらいしかしたことがないのです。(当然ながら)家で運動もしていません。

それらの方々は中途で障がいを?

脳梗塞で視力を失ったり、事故で失ったり、そういう人が多いです。

その分外に出るまでにかなりの時間がかかるのですね。

その人の勇気、力が、パワーが必要です。

最後に岩崎さんの現在のテーマ、これからのテーマは?

だんだんの活動をこのまま継続して、みんなの目標が達成できるように、達成率を上げていきたいです。5キロ痩せたいとかのダイエットでもいい、それぞれの目標を達成させたいです。

また高松や徳島の方で愛媛マラソンに出場する際にはだんだんで伴走者を手配するようになります。その人のスピードやタイムを聞いて伴走者を決めるようになります。

だからこれから(視覚に障がいがあっても)みんなが生活できることを考えていきたいです。

いかがでしたでしょうか。前編では「だんだんパートナーズ」を通じて生み出されたバリアフリーをお伝えしましたが、今回は日常の中の課題の一部がお伝えできたのではないかと思います。

その課題は岩崎さん、あるいは視覚障がい者間で解決できるものもあれば、できないもの、社会全体で考えていかなければならないものもあります。社会のバリアフリーはまだまだ途上にあります。

インタビューを終えて、岩崎さんの乗り越えていきた壁、そしてこれから乗り越えていく壁を知りました。言葉に語弊があるかもしれませんが、それらはもしかすると岩崎さんのもとに(必然的に、あるいは引き寄せられるように)やって来ているようにも思えました。
なぜなら岩崎さんはこの先だんだんパートナーズを始めとしてなすべきことがいろいろとあるからです。岩崎さんはその壁をひとつずつ崩していく(バリアフリーとする)ための第2の人生をスタートさせたのではないでしょうか。


  


インタビュー:2021年(令和3年9月)

インタビューアー:Eikyo